カトリック 英神父の説教集 ○キリスト教のおはなし○

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2017-07-09 神様は子供にしか見えない

英神父 ミサ説教             こどもと共にささげるミサ  聖イグナチオ教会於

マタイによる福音書 11章25-30節
 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」十

 今日のイエス様の言葉は、慰めに満ちていると思います。「疲れたもの、重荷を負うものは誰でもわたしの元に来なさい。休ませてあげよう。」というふうにイエス様はおっしゃいます。小さな子供はあまり疲れたりしないでしょうけれども、ある時は心が不安になったり、心配になったりする時があったりするかもしれない。そういう時は、イエス様の元に行きなさい。そうすれば休ませてあげよう。というふうにイエス様がおっしゃっています。だからみなさんも、心配なことがあったり、不安なことがあったりした時は、イエス様の元に行きましょう。
もちろん、みなさんだったら、小さな子供は不安だったり心配だったりする時は、お父さんのところに、お母さんのところか、誰かお姉さんかおばあさんのところに行けばいいかもしれない。そういう人がいない事もあるかもしれない。そういう時は、イエス様の元に行くように心がけましょう。
インドの昔話にこういうお話があって、現代のように文明が発達していない。ある村にいるみなさんと同じくらいの男の子がいて、小学校に行かなければならない。でも日本のように電車やバスが発達していないので、小学校に行くのにだいぶ距離があるんですね。ある大きな森を超えた向こうの小学校へ一人で歩いていかなければならない。それが非常に怖かったんで、お母さんに一緒に森を行ってほしいと言ったんですが、お母さんも仕事や色々あって、やることが色々ある。そのお母さんがこう言ったんですね。
「その森には神様のクリシュナという方がいるので、そのクリシュナにお願いしたらいい。そうしたら森にいる間に、クリシュナが守ってくれるから、大丈夫だ。」と、お母さんが子供に行ったんです。子供はそれを信じて、その森を通る時に、森の中には行ったら、「クリシュナ、クリシュナと呼びかけたら、森の神様のクリシュナがいつも現れてきて、一緒にその道を歩いてくれるんですね。それで彼は全く心配せずにその森を通ることができたんですね。
ある時に、日本ではそういう習慣がないけれども、校長先生の誕生日があって、誕生日に小学生がみんな校長先生にプレゼントしなければならないというんですね。日本ではそういう習慣はないのですけれども。いろんなプレゼントを持って行ったんですけれども、でもその子供の家は、すごく貧しくて、校長先生にプレゼントするものが無かったんです。どうしたらいいかと考えて、クリシュナに聞いてみようというんです。それでその少年はクリシュナに聞いたんです。校長先生にプレゼントするものが無いからどうしたらいいのか。そうしたら一つの壺をくれて、その壺の中には牛乳がいっぱい入っていて、その牛乳をその校長先生にプレゼントしたらいいと。そして誕生日にその少年は、クリシュナからもらった牛乳を持っていったんです。他の生徒は割と綺麗なプレゼントを持っていったのに、その少年の壺は割と汚かったんです。校長先生は汚い壺から早く牛乳を他の器にを移して、その少年に返しなさいと言ったんです。そして召し使いの人は他の壺に移したら、また牛乳がいっぱいになって、その牛乳が無くならない、魔法の壺だったんですね。
それでみんなが驚いて、一体この壺をどこで手に入れたんだと言ったら、森に住んでいる、クリシュナの神様からもらったと言ったんです。ではそれを見に行こうと言って、大人たちが一緒に森に行ったんです。少年はいつものように「クリシュナ、クリシュナ来て下さい。」と言ったんですが、いくら呼んでも呼んでも来てくれないんです。
大人たちは怒って子供が造り話をしたのだろうと言って、大人たちは帰ったんですね。その少年はその森の中で、一人で泣いていたんです。そしたらクリシュナが現れたんです。その少年は怒って、なんでみんながいる時に現れてくれなかったのかと、自分は嘘つきになってしまったというんです。クリシュナはこう答えたんです。「わたしは大人の前には現れることが出来ない。子供にしか自分は姿を現すことが出来ないんだ。」と言うんですね。
今日のイエス様もこう言っているんです。「知恵のあるものや賢いものには隠して、幼子のような者だけにお示しになった。」
この中のみなさんは少なくとも日本で暮らしておられるので、みなさんはイエス様を信じているので、わたしたちが困った事があったら、辛いことがあったら、イエス様にお願いしたら、イエス様が来てくれて、助けてくださいます。みなさんイエス様の子供ですから。
ただし、大人には現れないんですね。後ろに座っている方々は残念ですが。イエス様を大人には顔が見えない。声がききにくいんです。理性が発達し過ぎているからで、小さな子供の特権なんですね。イエス様の声が聴こえ、イエス様に会えるのは。だからみなさんは今の心を大切にして、神様が困ったら、いつでもお願いしましょう。そうしたら必ず助けてくださる。
大人のことは時々きいてくださるけど、子供のことは必ずきいてくださるので、困ったことや辛いことがあったらですね、いつもイエス様にお願いするようにしてください。そうしたら必ず助けてくださるし、必要なものはイエス様がなんでも備えてくださいます。
それを信じて、イエス様と共に歩めるように今日のミサでお祈りしましょう十

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第一朗読  ゼカリヤ書 9章9-10節
 
娘シオンよ、大いに踊れ。
娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
見よ、あなたの王が来る。
彼は神に従い、勝利を与えられた者
高ぶることなく、ろばに乗って来る
雌ろばの子であるろばに乗って。
わたしはエフライムから戦車を
エルサレムから軍馬を絶つ。
戦いの弓は絶たれ
諸国の民に平和が告げられる。
彼の支配は海から海へ
大河から地の果てにまで及ぶ。

第二朗読  ローマの信徒への手紙 8章9、11-13節
 (皆さん、)神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。
 それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。十

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                      2017 年 7 月 9 日(日)10時ミサ
                       年間第14主日 〈緑〉A年
                       カトリック麹町教会 主聖堂於
                        イエズス会 英 隆一朗 助任司祭ミサ説教記