カトリック 英神父の説教集 ○キリスト教のおはなし○

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2018-02-11 主と共に手を触れてみる

英神父 ミサ説教   聖イグナチオ教会於

マルコによる福音書 1章40-45 節(そのとき、)重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た十

  今日の福音書は、マルコの1章のイエス様の初めの出来事が書かれています。重い皮膚病の人をイエス様が癒されたということですね。重い皮膚病と現代の翻訳ではありますが、皮膚病全般のことだと思いますが、多くはハンセン病であろうと言われています。昔から西洋、東洋問わず、ハンセン病という皮膚病は治らない、大変な病気だったことは確かです。戦後になって特効薬が見つかって、今では完全に治るようになりましたけれど、軽い伝染病で、だんだん末梢神経がやられて、皮膚が溶けてくるというか、顔など崩れるような感じです。指はだいたい無くなり、髪の毛は抜けて、目も見えなくなり、だんだん進行していくという、非常に恐ろしい病気だったんです。そのような病気の方が来られて、イエス様に癒やしを願うわけです。イエス様は「深く憐れんで」とあります。憐れみの心を持って、この言葉は2016年の慈しみの特別聖年のところです。この人の痛みを心からイエス様は感じられたわけです。そしてその人に手を差し伸べて「よろしい。清くなれ。」とおっしゃった。この行いを人間的に考えても、手を差し伸べてその人に触れるというのが大変なものだったと思います。もちろん律法上触れてはいけないし、共同体の外の住まなければいけなかった。日本でもそうでしたが、うつったら困るということがあるので完全隔離され、そうでない人と触れてはいけないというのが、日本にも西洋にもあった。手を差し伸べて、イエス様がその人に触れたということです。ハンセン病が発症している方に手を差し伸べて触れるというのが普通は出来ないというわけです。禁止されている以上にその人に触れるというのはほとんど出来ないと思います。あえて触れる人は当時も今もなかなかいないと思います。うつるかもという気持ちがあるし、その人に触れたということ自体がイエス様の憐れみの心かと思います。しかもそれで癒されたというのですから、もちろん癒やしには神様のすごい力が働いたわけですが。このイエス様の態度と行いとその結果。それは本当に驚くべきことだったということは間違いないと思います。イエス様の行い言葉には、神様の憐れみの人間の常識を超えるすごさが語られている。そしてみなさん一人一人もイエス様はわたしたち人間がどんなに穢れていようと汚いものであっても、手を伸ばして触れてくださっているわけです。普通の私たちの常識で言えば清くないものは神様に近づけないと思っているわけですね。イエス様は全く逆でとても触れられないような罪人とかそういう人々に手を差し伸べてくださっている、触れてくださっているわけですから、その神様の憐れみの心をわたしたちもしっかりと受けとめたいと思います。イエス様は触れてくださるだけではなしに、御聖体としてわたしたちの体の中に入ってくださるわけですから、その恵みの大きさは今でもはかり知れないものがあります。そのイエス様の心をこういうミサにあずかる度に思い起こしたいと思います。そしてそれと共にわたしたちはこのイエス様の心を持って、生きるように呼ばれていることも確かだと思います。私自身はイエズス会のミッションスクールの出身で、その頃は神父様がたくさん働いておられて、その中に英語を教わった神父様で聖人のような方がおられた。フリン神父様というんですが、亡くなられてだいぶ経つのですが、今だに卒業生で追悼ミサを行って、今日もこのあと、毎年ですが集まってささげます。私も教え子で、中高と教えられ、後に地方の教会で働かれた。その神父様が司祭として自分の人生で一番幸せだったのはいつだったか。長い司祭生活で多くの人に励ましと力を与えられた人ですけれども、神父様が一番幸せだったのは、海外から日本に帰る途中にインドへ行き、ハンセン病の施設で三日ほど働かれた。当時は日本では治る病気だったんですけれども、インドでは薬が行き届かず治っていないままの方がおられた。そこで神父様はハンセン病の方々のお世話をした。傷口を洗ったり包帯を巻いたりしたのを三日間だけされた。その三日間が自分の人生で一番幸せだったと言っていました。イエス様の心と一つになっているからそのように思えるのだと思いますね。病気を発症しているままの方々を、三日間イエス様のように触れて傷の手当をしたこと。それが人生で一番幸せだったとおっしゃっていました。ハンセン病と聖人の方々の様々なエピソードはいっぱいあるんです。そのような心を持ってわたしたちも生きるように呼ばれていることは間違いないと思います。わたしたちも触れたくないからとか、面倒だからとかということがあって結局避けていることもあるんですね。ある事柄、領域とか人との関わりとかです。自分が関わることによって穢れとか面倒とか色んなものを背負わなければならないから、触れていないことが皆さんの生活にはあるかもしれない。でもわたしたちがイエス様の憐れみの心を自分の心にするならば、あえてそういう人に、領域に手を伸ばして触れていくことが神様の呼びかけであることもあると思います。イエス様が触れた途端、癒されたということはないと思います。でもわたしたちも手を差し伸べてその触れたくないところに、人に触れるように呼びかけられていると思います。神様の憐れみの心を生きるというのはイエス様のこのような態度にどこか倣っていくように呼びかけられていると思います。そのような神様の憐れみの心をわたしたちも少しでもイエス様のように、あるいは聖人方のようになかなか出来ないですけれども、神様から力をいただきながら、わたしたちは手を差し伸べて触れていけることが出来るように、そこにも神様の愛と慈しみが届いていくように、そのような気持ちで過ごしていけるように、このミサでお祈りをささげたいと思います

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第一朗読 創世記 3章16-19節
神は女に向かって言われた。

「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。

お前は、苦しんで子を産む。

お前は男を求め

彼はお前を支配する。」

神はアダムに向かって言われた。

「お前は女の声に従い取って食べるなと命じた木から食べた。

お前のゆえに、土は呪われるものとなった。

お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。

お前に対して

土は茨とあざみを生えいでさせる

野の草を食べようとするお前に。

お前は顔に汗を流してパンを得る

土に返るときまで。

お前がそこから取られた土に。

塵にすぎないお前は塵に返る。」

 第二朗読 コリントの信徒への手紙 第一 10章31節-11章1節
 (皆さん、)あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。ユダヤ人にも、ギリシア人にも、神の教会にも、あなたがたは人を惑わす原因にならないようにしなさい。わたしも、人々を救うために、自分の益ではなく多くの人の益を求めて、すべての点ですべての人を喜ばそうとしているのですから。わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい十

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2018年 2月 11 日(日)10  時ミサ
 年間 第 6 主日〈緑〉B 年
 カトリック麹町教会 主聖堂於
  イエズス会 英 隆一朗 助任司祭 ミサ説教記