カトリック 英神父の説教集 ○キリスト教のおはなし○

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2016-11-14 入門講座 18 告解

英神父 入門講座 18 告解

 今日は赦しの秘跡についてお話したいと思います。 秘跡というものは一体何なのか。この要約(コンペンディウム)の224番に書いてあって「キリストによって制定され、教会に委ねられた恵みを実際にもたらす感覚的しるし」と書いてあります。当然キリストの恵みから来ている。キリストの生きている時に定められているわけではないですが、後からだんだん形になってきたわけです。「教会に委ねられ」教会が形を決めたり変化させたりした。そして恵みを実際にもたらす感覚的しるしということで、目に見えたり触れたり聞いたりすることができる形でわたしたち恵みを受けることができる。それが秘跡であるということです。これから教会のお話になるわけですが、秘跡には七つあって今までの説明は、入信の秘跡があって、信仰に入る時に与えられる秘蹟ということで、洗礼と堅信と聖体がある。それを説明してきました。前回は霊の賜物ということで、聖霊の恵みを受けるということです。聖体というのはミサの中でご聖体を頂くということで感覚的にできる、食べることができるし見ることができる。実際にお恵みをいただけるということになります。次の二つ目は、総称すると「癒しの秘跡」となります。信仰生活を歩みながら 様々な形で神様から離れてしまうことがあります。そういう時に一つは赦しの秘跡ですが罪を犯してしまうことがある。全ての罪は赦されているわけですけれども、また罪を犯してしまう事がある。そういう時に罪の赦しをいただくということで、赦しの秘跡ということがある。特に赦しの秘跡というのはイエス様の教えの中で、キリスト教の中で中心的なものであると思います。わたしたちは罪を赦されて生きているという恵みのことですが、そのことについてお話したいと思います。ルカによる福音書15章11節「 また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。 弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。 何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。 何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。 それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。 そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。 ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。 息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』 しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。 それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。 この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。」この放蕩息子のたとえで最も有名なたとえ話の一つだと思います。しかも福音の本質をよくあらわしています。特に今日のテーマである罪の赦しということを特にはっきりとあらわしていると思われます。15章には三つのたとえ話があるのですが三番目が書いてありますが、かなりお金持ちのお父さんと思いますが、二人の息子がいて、弟の方が財産を分けてくださいと言うのです。ユダヤ教の文化で日本の文化もそうでしたが、長男が財産を全て継ぐというのが基本的な考え方です。弟の方がそんなに取り分はそんなにないわけです。だから弟がお父さんの家にいても、家を継ぐわけではないので、居心地が悪いわけで外に出て自分なりの生活をしようと思われたわけです。そのように思ったので父親に頼んだので弟が取り分を取ったわけですが、お兄さんに比べたて取り分が少ないといっても、お金持ちだったから相当のお金を持って、遠いところで自分なりにやろうと思ったんです。世間的な生き方が下手だったのか、いわゆる金持ちのおぼっちゃまで、そういう人にたかる人がいて、いいようにお金を巻き上げられて、お金が無くなって、行くところがなくて、しかも飢饉がおこって、豚の世話をする最低の生活になった。ユダヤ人にとって豚は汚れた動物で、豚の世話をするというのは最低最悪の生き方ということを象徴的に語っていることになります。ユダヤ人から見たら汚れた仕事に身を落とさなければならない。そしてお腹がすいて豚の食べるいなご豆を食べていたから最低最悪でした。最低最悪になった落ちた時に我に返ったということで気が付いて、やはり自分の父のいる家に帰った方がいいと思って、いわば悔い改めの気持ちを持って父の家に向かっていくわけです。するとルカ15:20「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い」この憐れに思いというのが聖書の言葉としては強い言葉です。はらわたから痛む。強い強い言葉です。親が子供に感じる愛情に近いと思います。息子がドロドロで帰ってきた。そうしたらお父さんが走り寄ってきて息子を迎え入れた。お父さんにちゃんと謝るわけです。お父さんはルカ15:22「良い服を持って来て、この子に着せ」「食べて祝おう。」息子が帰ってきた喜びからです。祝宴を開くというのはルカでは神の国の喜びにあずかるという意味があるわけです。放蕩息子というのは罪を犯している、わたしたちの生き方を語っている。放蕩息子のお父さんは父なる神の赦しと愛に満ちた心を語っていて、やはり神様は悔い改めを喜んで赦してくださっている。赦しを絶えず与えてくださっている神ということが、キリスト教の中で最も大事なことであろうと思われます。それを際立たせているのは25節以下のお兄さんの方です。「ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。 そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。 しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。 ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』 すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。 だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」このお兄さんは典型的な真面目人間という感じで、「兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』 兄は怒って家に入ろうとはせず、」なかなか兄弟の仲とは難しいと思いますが、どちらかがえこひいきされたとか人間の中にはあると思います。「父親が出て来てなだめた。」お父さんは等しくお兄さんも愛していることは間違いないと思います。でもお兄さんは文句をいうわけです。「わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。」非常に真面目だったけれども、 「わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。」やはり比較をして怒り、弟に甘いということです。それに対して怒りを持っているわけです。お父さんが言うわけです。 「お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。」これはその通りです相続的に言ったらこれは財産は全部お兄さんのものです。そのように言った上で「お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」という言い方をして、お父さんの心を理解できないお兄さんの姿というのも浮き彫りになっていると思います。こういうところを読むとキリスト教の一番大事なところは、道徳ではない。多くの人はクリスチャンというのは真面目だとイメージですが、クリスチャンの一番の本質は真面目に生きるというのはない理由で、弟のようにわたしたちは赦されてきている存在ということ、そこが一番大切だと思い起こさなければならないと思います。この例え話をしだしたきっかけは何かと言うと、15章1節から 「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、『この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている』と不平を言いだした。」そのために三つのたとえ話をイエス様がされているわけです。だからイエス様自身が放蕩息子のお父さんと同じように罪人達と食事をしていたということです。ここにイエス様の罪人に対する赦しの心ということがよくあらわれています。ユダヤ人からすれば罪人と食事をするということは禁止されていました。汚れが移るという考えで、禁止だったところをイエス様が一緒に食事をされたということです。こういうところを見るとイエス様の憐れみを一番大切にしている姿があらわれています。ついわたしたちは放蕩息子のお兄さんのように考えがちなところがありますが、もちろん真面目にやることが悪いことではありませんが、それ以上に神の赦しを受けて周りの人を赦していくということです。この放蕩息子の話を神の赦しということを一つとしてあらわしているのが、今日話をしている赦しの秘跡になるわけです。赦しは全てに及んでいる。イエス様が生きておられる時もそうだし、復活されたイエス様も罪の赦しというものを弟子たちに与えるんです。 ヨハネの福音書だった 20章ですけれども聖霊を与えて「 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。」罪の赦しの献納 すら授けているわけです。洗礼が罪の赦しを与えられるわけだし、ミサの祈りというのも回心の祈りが入りますから、やはり赦しの恵みを受ける。全てに赦しの秘跡が働いているのですけれども、それを特別な秘蹟の一つとしてあるのはこの赦しの秘跡です。だから神の赦しの秘蹟は限定されているわけではなくて全てですけれども、それをはっきり表しているのが赦しの秘跡だということです。 ここを簡単に言うと秘蹟というのは教会がある意味形作っているものなので時期によってもだいぶ違います。初代教会の時は今のような形ではなくて共同体の前で告解した。みんなの前で告解したのが最初の習慣でした。 みんなの前で言うのは小さな罪ではなくて大きな罪です。つまり教会に大きな害を与えたようなことについて、みんなの前で告白して、みんなに赦しをもらう形から始まりました。たとえば大きな罪で人を殺すとかですが、その場合は罪の償いが大きくて、一年間聖体拝領ができないとか、共同体的な償いをしなければならないというのが最初のことでした。それがだんだんと変わってきて今の形に近づいてきました。中世ぐらいまではイグナチオ・ロヨラの場合は、イエズス会の創立者ですが 戦争していて死にかけたんです。その時、同僚に告解をしたんです。つまり信徒同士で罪の赦しをしていたであろうと言われています。でもだんだんとそういうことが無くなって、司祭だけに罪の告白をして、司祭だけになったんです。どこから始まるかというとアイルランドから始まりました。アイルランド方式といって個別告解が始まりました。最初は人によって償いを与えられるのがバラバラになってしまうので、償いのリストがありました。この罪にはこれぐらいの罪とか、リストに基づいて償いをしなさいということがありました。それ以降アイルランド方式が全世界に広がって、今は個別告解になりました。 聖堂の後ろに小部屋があってそこで個別に告解をする習慣になりました。今は共同告解という形もあるんですが、あまり一般的ではありません。
赦しの秘跡の要素を簡単に言いたいと思います。五つの要素があって、一つは「究明する」 つまり何がいけなかったのか、何が罪だったのか振りかえってみるということがまず最初にあるわけです。赦しの秘跡の中では何があるかといったら一つには 「痛悔」です。神様に向かって悔い改めの心と祈りを捧げるということと、「告白」するです。 自分がどういう罪を犯したかということを告白するということです。そして4番目は司祭から赦しの宣言を受けるということです。司祭がキリストの代わりになって赦しを宣言するわけです。 5番目は「償い」をするということです。大体五つの要素に分れるということです。 元々思いつく場合はどういうことかと言うと、やはりいなご豆を食べてでも腹を満たしたいと思う時に 我に返った。自分の罪に やっと気がついたと言えるだろうと思います。それで「痛悔」の心をささげているわけです。 「『父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』」やはりこれは 痛悔の気持ちがあって、お父さんのもとに行って見つけるのはお父さんが先ですけれども 。はっきりとお父さんに告げているわけです。もちろん赦しの宣言はないわけですけれども、代わりにあるのが先ほど言った祝宴、息子を迎え入れてパーティーをする姿が赦されている姿としてこの中では語られているということです。ただ償いのところは描いてはいない。このように雇い人にしてくださいとしか書いていないから、償いのことは書いていないんですけれども、基本はこのような流れになっているということです。 赦しの秘跡の中でするのはこの三つです。準備として究明をする。人によってはどう究明したらいいか分からないという人もいて、つまり自分にとって何が罪なのか分からない。そういう人に勧めるのが、このカトリックの祈祷書の「祈りの友」というカルメル会の祈りの本があるんですが、分厚めの本でしたら 大体赦しの秘跡の仕方が書いてあります。その前にちゃんと究明のところがあって、ちゃんと書いてありますから、それを使って究明されたらいいと思います。簡単に言うと神様の愛について 足らなかったところはどういうところかとか、 あるいは隣人に対して愛が足らなかった。あるいは愛に反するとはどういうことか。あるいは自分に対して、自分を大切にしなかった。そういう三つの観点から自分の罪を振り返ってみてもいいと思います。 あるいは旧約聖書には十の掟というものがあって、キリスト教はそれを踏襲していますから、十の掟に従ってどういうところに罪があったか、なかったかということを振り返ることもできる。この「祈りの友」 には究明のポイントとかが書いてあります。 この本を参考にしてもいいです。自分なりでも構わない。そして司祭の前では告白ですね。洗礼を受けてからの罪になります。洗礼を受けた時以前の罪は赦されるので、洗礼を受けてから、告解した時からその間の自分の犯した罪を告白する。なるべく簡潔に司祭に分かり易く言っていただいたらいいと思います。あまりに曖昧だったら聞き返すときもありますが、ある程度具体的な方がいいでしょうけれど、あまり細かくなくわかりやすく告白した方がいいかなと思います。 そして痛悔の祈りを唱えるのです。 そればかりではなく、痛悔の心を持って預かる。神様に申し訳なかったという心で 預かるということが大事だと思います。放蕩息子のこの人みたいな気持ちでということです。そして神父様が赦しの宣言、実際に赦しますということをイエス様に代わって、言葉で感覚的にはっきり聞けます。その後に償いを果たすように何々をしなさいと償いを言いますので、償いを終えたところで一応終わりということです。赦しの秘跡の中だけでは2、3、4だけですが、最初に究明をして 終わってから償いをするところまで入るということです。 教会で決まっているのは年に一回赦しの秘跡に預かりましょうとということなので、年に一回だったら四旬節です。春少し前ぐらいに悔い改めの季節なのでそこで預かるのが一番ふさわしいと思います。あるいは年に何回か預かっても構わない。クリスマス前に預かってもいいし、8月15日の被昇天の前に預かってもいい。自分の誕生日の前に預かってもいい。個人的には年に一回から二回でいいと思います。どんなに多くても月一回でいいと思います。週一ぐらいでやっている人もいますけれども、それはやり過ぎだと思います。悔い改めるということときちんと告白をする事とどちらも大事です。神父様は赦すということを宣言をする。 赦しそのものは無条件なんです 。赦されているんですけれどもその後に償いをするということです。償いをしたその後に赦されるならではなくて、無条件に赦された後に償いを果たすということが入ってくるということです。
今日は少しだけ償いの話をしたらいいと思いますけれども、神様は悔い改めれば無条件で赦しているわけですけれども、でもわたしたちは償いを果たすように言われるわけです。それはなぜなのかという話をしたいと思います。最初ユダヤ人の文化の中でその次はギリシャ文化の話です。三番目にローマ文化の話になります。ローマ文化はローマ法という法律的に物事を考えることが好きな民族です。この赦しの秘跡もだんだん法律的に考えるような文化が入ってきて、法律というのは明らかなものです。罪を犯したことに対してそれ相応の罰がある。罰というのは償いを受けなければならない。大きい罪を犯したら大きい償いが必要であるということで、償いが強調されるような形になってきたというわけです。思いますにイタリア人は不思議な人達で、法律を作るのは好きなのに、守る気が全くない。特殊な考えの文化だと思いますが、法律が好きなんです。あまり守る気がないから、必要性もないから、赦しの秘跡が必要になったのかもしれないです。だんだんと償いということが強調されるようになってきました。重い罪には重い償いを果たすということが必要になってきて、そこからだんだん、他の考えもあって、入ってきた考えが、免償という考えが教会に入ってきました。英語でindulgences というんですけれども、これは何かと言ったら日本語の言葉どおりで、償いを免じるという考えがだんだん入ってきました。償いをなるべく免じるようなことをするという行いを段々進めるようになってきたんだけです。ついでにいうと部分免償と全免償というのがあって、カルメル会の「祈りのとも」に詳しく書いてあります。いろんな信心業がこれが部分免償とかこれが全免償とか決まっているんです。神父様の初ミサ後の按手に預かるとかでなってきたんです。この話をなぜするかというと、来週で慈しみの特別聖年が終わるわけですが、なぜ聖年があるかというと、 この特別免償をするために聖年というのができたというわけです。この特別聖年には教皇様が全免償を与えると発表するわけです。東京教区だったら大司教様がどういう免償を与えるかという発表をするという習慣があるんですけれども、ただあまり詳しく書いていないです。あまり詳しくは書いていないです。免償ということもあまりいわれなくなった。イグナチオ教会が巡礼教会に指定されていて、「指定された教会を訪問して所定の祈りをし」 教会の聖なる扉をくぐって、特別聖年のお祈りをして、信仰宣言を唱えると、全免償を得られるとなっています。 大司教からは「例えば次のような 清めと償いの行いが進められます。」と書いてあるだけで、いちいち全免償とかの事は書いていない。こういう習慣がカトリックには出来るようになった。この免償というのがなぜ流行ったのか。亡くなった人のために捧げるという習慣が出てきた。つまり免償というのは、人のためにもできるという考えがあります。だから亡くなった人がいて、こちらからは分からないけれども、亡くなった方は罪人で、かなりの償いをたくさんしなければならないかもしれない。そうしたら生きている人が代わりに免償の行為をして償いの分を 補ってあげればいいということで、主のための祈りと深くだんだん結びついてきたところはあります。 免償というのは誰かのためにもできる ことで、有名なプロテスタントとの反目になったのもここだったわけで、ルターの宗教改革で何が起こったかというと、 免罪符を教会が売っていたことを怒っていただけですけれども、あれは間違いで、免罪符ではないんです。罪の赦しは無条件なんです。これを売ったら大変なことになります。さすがのカトリックもそれはしてないんです。売ったのは免償符です。償いの代わりにここにいくら寄付してください。とやったことがあまりにはなはだしかったと思われます。しかも人のために譲ったりするような感じになってくると、自分が罪人だと思っている人は、自分が巡礼には行くことができないから、召使いに巡礼に行かせて祈らせました。免償は譲れるからいいんです。 ということになってしまうのでだんだん功徳を得るみたいな感じで、プロテスタントから批判されても仕方ない面もありますが、赦しそのものを売っているわけではないです。償いの部分をお金を払うことに変えたりとかにだんだんなってきた。この考えが残っているんですが、今年の慈しみの大聖年について教皇様も大司教も免償について書いてあるんですけれども、昔のように細くは書いていない。これをやったら全免償。これをやったら部分免償という言い方はしなくなってきています。そういうことをする習慣がカトリックでは生まれてきたのですが、元々償いというのはどういう意味なのかということです。それを見なければ本当のところは分からないのではないかと思います。
ルカによる福音書19章1節 「イエスはエリコに入り、町を通っておられた。
そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。 イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。 それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。 イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」 ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」ここは直接は赦しの秘跡と話が繋がっていないですが、ここは明らかに罪人の回心の話をしているわけです。 そういう意味で繋がりがあるということなんです。「イエスはエリコに入り」エリコというのはオアシス都市です。周りがほとんど砂漠でたぶん世界最古の街だと言われている古い古い歴史のある街です。旧約聖書の一番最初の頃から モーセのリーダーでエジプトを脱出して荒野を旅して、代が変わってヨシュアになって、一番最初にパレスチナの地方にいる時に公約する都市がエリコなんです。エリコは城壁都市でその周りを賛美を唱えて回り、七日目ぐらいに時の声をあげたら城壁が崩れて 、一挙に攻めることができたという不思議なお話が語られています。その時から間違ったというのは事実であって、同じ都市なのでそこしか通るところがなかった。交通の要所です。貿易とか宿屋とかいろんなものがあっただろうけども、そこの徴税人の頭だったのがザアカイです。 商売とかでお金を取ったり、通行税でお金を取ったり、 とにかくいろんな形で税を取ることができました。 ザアカイは 頭ですからお金持ちだった。税金を取るという人はすごく嫌われていたのです。ローマ帝国のお金を集めていたわけだし、いわゆる売国奴という感じで見られていたわけだし、ピンハネをしていて儲けていたわけだから 、真面目の律法学者たちから見たら最も忌むべき罪人の代表者のようなのが徴税人なんです。ついでにザーカイという名前ですが 日本語でどういう意味かといったら清いという意味なんです。 男でいったら清君なんですね。 女子でいったら清子さんになる。ものすごい皮肉というか、清いという意味だったのに 罪の生活をしている。 「背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。 それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。」群衆に遮られてですが、聖書の中で群衆というのは悪い意味で書かれている。何かイエス様が見えないこと自身が、彼の罪深さの状況を語っているともいえます。そこで普通だったら明日にしておこうかと諦めたかもしれない。この時のイエス様はものすごい人気があったんです。 人が囲んで 囲んで見えないぐらい人気がありました。そこでザーカイが木に登るという突飛な方法ですが、私の解釈はこれが信仰の 行為なんです。イエス様に会おうとする人間側の工夫と言うか。そうしたらザーカイの方からではなくてイエス様の方から「ザアカイ、急いで降りて来なさい。」とイエス様からザアカイに語りかけて、「ぜひあなたの家に泊まりたい。」といってザアカイの家に泊ったんです 。先ほどのルカの15章と同じですけれども、まず聖なる方が徴税人の家に泊まるのはありえないです。汚れるから食事だって一緒にしないのにまして泊まるなんて、律法学者やファリサイ派の人にとってみたら天地がひっくり返るぐらい驚いたと思います。 「これを見た人たちは皆つぶやいた。『あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。』」このイエス様の姿に放蕩息子のお父さんのような罪人を赦すという、この赦しの心が赦しを態度でイエス様があらわしているような箇所になるわけです。赦してなかったら泊まらないし 無視したと思いますから、罪人の親分みたいな人なんなんだから。わざとそこに泊まるということは、罪人を受け入れる。神様の赦しを罪人にこそ分かち合うイエス様の態度で赦しが語られているというわけです。「ザアカイは立ち上がって、主に言った。『主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。』イエスは言われた。」これがザアカイの場合は5の償いです。神様に赦されたものとして、今度は新しい生き方として違う生き方を彼は選んだ。 これが償いの本来の意味だったと思います。彼の罪は一体何なのかと言うと、罪人から貧しい人からお金をかすめ取っていたという、貪欲というか強欲というか、法律スレスレな形でお金をかすめ取っていたという罪だと思いますけれども、だから彼は全財産の半分を貧しい人に施して、 「だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」ということで自分の償いを表明しているということになるわけです。だから本当の償いは何かと言ったら、新しい生き方というわけです。赦された喜びの中で 、自分の生き方を変えていく、新しい行いだったり、生活態度だったりするのが償いということになります。それはだから自分の犯した罪と対応することが非常に多いと思います。簡単に言えば自分の犯した罪が誰かと喧嘩したことだったら償いは明らかです。 その人と仲直りすることが償いになる。当然罪と償いは対応の関係にあるということです。 ザアカイの場合にはお金を盗み取るような罪だったから、お金を分かち合う償いになるわけですし、 犯した罪によって償いが変わってくるというのは、当たり前のことだし、赦されて終わりではないわけです。赦された からこそ新しい生き方を選んで行く、その姿が償いという形になって現れるということです。例えばアルコール依存症克服に12ステップというものがあります。 ステップを踏んで回復の道をたどるというのが定番なんです。この12ステップの中で一番大事なのがステップ4で棚卸をする、究明する。自分がどういう罪を犯したのか、きっちりかっちりする見直しということです。しかも表を作って。依存症そのものは病気です。依存症そのものは罪ではない。 それに伴って家族に迷惑をかけたり、苦しめたり、職場にも迷惑をかけていて、何かの犯罪を犯したり、それをしっかり見つめる、棚卸をする作業をするんです。 悔い改めるということは人間にとって非常に大事なことになるわけですけれども、カトリックでしたら赦しの秘跡に預かればいいのですが、ステップ7には「わたしたちが傷つけた全ての人の表を作り、その人達全員に 進んで埋め合わせをしようとする気持ちになった」埋め合わせをする。それが悔い改めの後にする。 埋め合わせは償いということです。ある人に傷つけたことに対して、悔い改めの気持ちがあるからこそ、埋め合わせをしようとする気持ちに変わっていく。例えば大体両親に迷惑をかけていますから、だから埋め合わせは両親のお墓にお参りに行って、お墓参りという形で埋め合わせをするという人もいるし、もう10年も20年も音信不通だった家族の誰かに、奥さんか誰かに悔い改めの手紙を出すとか、埋め合わせは様々です。やはり人間が当たり前のこととして罪を犯して悔い改めたものは、普通は埋め合わせをしようとするのが普通なんです。そのものは回復できないですけれども、何らかの形で償いをしていこうとする。人によって全く違うし、和解であったり、いろんな形で出されると思いますが、それが償いです。だから借金のマイナスをゼロにするというわけではなくて、新しい生き方を始める 一歩として償いを考えていく。だからもう会えない人もいるし、人との関係が多いですけれども、そういう中でどういう償いをするということは、回心することの中の一つの本質だと言うことです。人間として生きていく上で。ただ赦しの秘跡そのもので、私が神父で与える罪の償いは、できないとなんだから、だいたい必ず出来る償いを与えるということです。自分の罪を償う、そこから自分なりのことでいいと思われます。そういう意味で何か巡礼とかお祈りをする。亡くなっている方がいればそういう方たちに、自分たちに祈りを捧げるとか苦行とか節制とか愛の行いの形でささげていくというのは、人としてクリスチャンとして大切な要素になると思います。償いという言葉がいいのか、新しい生き方に向かう一歩と言ったらいいのか、そういうものとして1から5までが大事だということです。赦しの秘跡だけではなしに、人間は回心するということで、人間はだいたいこれが必要だということで、赦しの秘跡というのはよくよく要素が考えられています。赦しの秘跡というのはそのようなものが必要だから、どの秘蹟もうまい具合に、二千年ちゃんと考えられて作られているので、無駄なものがないのです。ミサにしてもそうですけれども、ひとつひとつの箇所に深い深い意味が込められていて 、赦しの秘跡はわたしたちが回心の中で 大切なことを語っているので、このようなことを大切にされて生きられたらいいと思います。罪と赦しのことはなかなか奥が深いものでもあります十

 

2016 年 11 月 14 日(月)
 第 十八 回 キリスト教入門講座 
 カトリック麹町教会 信徒館ヨセフホール於
  イエズス会 英 隆一朗 神父 講座記