カトリック 英神父の説教集 ○キリスト教のおはなし○

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2016-11-13 扉をくぐる

英神父 ミサ説教                          聖イグナチオ教会 於           こどもとともにささげるミサ いつくしみの特別聖年閉幕に向けたミサ

ルカによる福音 21章5-19節 そのとき、ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。そして、大きな地震があり、方々に飢鐘や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。それはあなたがたにとって証しをする機会となる。だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」十

 今日は扉を閉める式をします。みなさんの右後ろの扉に、特別聖年の絵を張っていて、そこを特別聖年の聖なる扉として、去年の11月から約一年間、特別に設置していました。ここは巡礼教会に指定されていますから、多くの巡礼者が来て、扉を通って、特別聖年のお祈りをして恵みを受けていたわけです。
みなさんの家にも扉、ドアはあると思いますが、何のためにあるのか。中に入ったり、外に出たり、隣の部屋に入ったりするために、わたしたちは必ず扉、ドアをくぐらなければならない。でも、鍵を忘れたりしたら入れなかったりすることもある。ドアに鍵がかかっていれば、通れなかったりすることもあり、扉をくぐるのが時々難しいこともある。テレビで脱出ゲームみたいなのだと、ドアがどこにあるのかわからない。ドアがあっても鍵が見つからないので、クイズを解いたり、暗号を解いたりしなければ、ドアから抜けることができない。みなさんももしかして、お母さんが鍵を忘れて入れなかったこともあったかもしれない。自分自身も鍵を忘れて、ドアから入るのが難しかったこともあったかもしれない。案外時々、ドアをくぐることが難しいときもありますね。
わたしたちにとって、この世で一番大事な扉はどこにあるのか。それは天国の扉ですね。天国の門といってもいい。それがわたしたちにとって一番大事で、それをくぐるかくぐらないかが大事。天国の扉の鍵を誰が持っているかわかりますか。ペトロですよね。わたしたちは天国の扉を通らなければならない。イエス様から預かっている鍵で、ペトロが開けてくれないと、天国に入れない。
扉をくぐるということは、別のところへ行く。外に行くこともあるし、中に入ることもあるけれど、扉というのは大事で、そこをくぐって次のところへ行くという意味がある。最終的には天国に入るわけですけれども。わたしたちに大事なことは、扉を見つけて、それをくぐっていかなければならないこと。
バチカンの扉とかは鍵がかかっていて、何十年に一回しか開かない扉ですが、来週には閉めるわけです。わたしたちにとって大事な扉は、自分の人生の次のステップに行くときに、必ず扉をくぐらなければならない。たとえば小さな子供だったら幼稚園、小学、中学、高校、大学受験。全部扉があって、通るのがなかなか難しい。通れない扉もある。就職して、結婚して、扉がずっとずっとある。それをくぐらなければならない。案外難しいんですが、こっちの入学試験落ちたら、こっちの扉へ行かなければならないし、どの扉に行くのかも難しいですけれど、そこを開けて入っていくのはそう簡単なことではない。でも、みなさんひとりひとりには神様がついていますから、扉をひとつひとつ、くぐっていくことはできるわけですね。

今日の福音書は難しくて、戦争、暴動、地震、飢饉、疫病とか厳しいことがたくさん書いてありますが、扉をくぐるのも簡単ではないんです。簡単に通れる扉はそんなにない。場合によってはどの扉をくぐっていいかわからないこともあるし、扉をくぐるには努力したり勉強したり、色々しなければその扉をくぐることはできない。でも、苦労とか勉強とか様々な事をすることによって、わたしたちにも扉をくぐることができるんですね。
大人の人もそうです。だいたい扉はいつもありますから。歳をとってきたらきたで、仕事を辞めなければならないとか、やめるという扉をくぐらなければならないですね。自分が通らなければならない扉はどこにあるのか。それを見いだしてくぐっていけるように。それは神様のお恵みがあるから、わたしたちはくぐれると思います。
案外思わぬところに扉があったりします。先日観た映画の「インフェルノ」の中で、出口の扉が警察によって全部ふさがれていて、出ると逮捕される。だけどラングドン教授は頭が良いから、そこは古いお城なので、隠し扉があり、本棚が扉になっていて、そこを開けて警察から逃れた。扉じゃないように見える扉が、わたしたちの生活にもあるんですね。だから扉を探さなければならないし、探した扉を開けて、くぐらなければならないですね。それはいつも工夫とか、努力とかお祈りがいつも必要ですね。
特にみなさんのこれからは、幼稚園、小学、中学、高校受験もあるでしょうし、人生は大変で、いつも扉を次々とくぐっていかなければならない。でも最後の扉はさっき言ったように、ペトロが門番している天国の扉です。それをくぐるまで、わたしたちは一つ一つ扉をくぐりながら、次の世界、さらに神様との深い交わりへと、少しづつ進んでいくわけです。
特別聖年の扉は閉まるけれど、わたしたちの前にある、困難などを乗り越えて、次のステップに歩めるよう、神様にお祈りしましょう十

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 第一朗読 マラキの預言 3・19-20a

 見よ、その日が来る、炉のように燃える日が。高慢な者、悪を行う者はすべてわらのようになる。到来するその日は、と万軍の主は言われる。彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。

 第二朗読 使徒パウロのテサロニケの教会への手紙第二 3・7-12

  皆さん、あなたがたは、わたしたちにどのように倣えばよいか、よく知っています。わたしたちは、そちらにいたとき、怠惰な生活をしませんでした。また、だれからもパンをただでもらって食べたりはしませんでした。むしろ、だれにも負担をかけまいと、夜昼大変苦労して、働き続けたのです。援助を受ける権利がわたしたちになかったからではなく、あなたがたがわたしたちに倣うように、身をもって模範を示すためでした。実際、あなたがたのもとにいたとき、わたしたちは、「働きたくない者は、食べてはならない」と命じていました。ところが、聞くところによると、あなたがたの中には怠惰な生活をし、少しも働かず、余計なことをしている者がいるということです。そのような者たちに、わたしたちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。十

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