カトリック 英神父の説教集 ○キリスト教のおはなし○

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投稿百回記念2015-08-15 「サクリファイス-平和のために」

英神父 ミサ説教                   聖母の被昇天 聖イグナチオ教会於

ルカによる福音書 1章39-56節 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」そこで、マリアは言った。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからで。 今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った十

 今日は聖母の被昇天の大祝日であります。それと共にわたしたち日本人にとっては終戦記念日、実際は敗戦記念日ですけれども、戦争が終わったことを記念している。そして伝統的にはお盆でもあるので、亡くなった方のために祈りをささげる、そういう時でもあります。
日本の司教団は今日までの8月15日を、毎年平和旬間として平和を祈る時に定めていて、この聖母の被昇天の祝日を亡くなった方々の霊魂の安息と共に、この世界に平和がくるような祈りをわたしたちはマリア様と共にささげなければならないと思います。
去年のこの時期は、まだわたしはイグナチオ教会に来ていなかったんですけれど、CLCという信徒の代表の国際大会があって、レバノンにこの時期は滞在し、会議をしていたんですが、レバノンの隣は大きな内戦で苦しんでいるシリアが隣りの国で、シリアから来られた方々の話、エジプトから来られた方々の苦しみや混乱の現状の話を、去年は聞くことができたのです。
シリアの人が言っていましたけれども、シリアもクリスチャンがおられて、いまだにカトリックがたくさん住んでいて、内戦の混乱の中でも暮らしておられるわけです。その内の一人の人が言っていましたが、まさかあのような混乱になるとは誰も思っていなくて、平和に暮らしていて、突然アラブの春の流れで、アサド政権が揺らいで三日で崩壊しました。あれから4年になりますけれど、全てが混沌のままで、工場が焼かれて仕事を失ってしまう人がいたり、政府軍も反政府軍も同じ殺戮などをするので、大混乱の中にいるという話を聞きました。
今年もシリアの問題は続いていますが、今の最大の問題はパレスチナとイスラエルの大きな戦闘状態が、先月から続いて、多くの人が亡くなって、イスラエルの方は被害が少ないですが、パレスチナの人々が大きな被害を受けている。そのような状況の中で平和旬間の祈る時を、わたしたちが迎え入れなければならないのは、大いなる悲劇であると言えるし、わたしたちに問いかけられていることも多いのではないかと思います。
平和の事を考えると、私が思い出すのは一つの映画で、ひと昔前ですがタルコフスキーというロシア人の映画監督がいて、難しい映画が多かったんですが、タルコフスキーの晩年の作品で「サクリファイス」が象徴的な映画なんです。男性の主人公がいて、世界戦争が始まって、核爆弾が投下されて人類が危機的状況にあるという、そういうニュースが流れるんです。それでその一人の男性は、神様に祈りをささげて、自分の持っているもの全て神様にささげる、つまりサクリファイスするので、どうかこの戦争を、人類の破壊を止めてください。というお祈りをするのです。
神様がその祈りを聞き入れられて、村はずれに魔女のような人が住んでいて、そこに行って契約を結ぶんです。そして自分の全てをサクリファイスすると決め、そして次の日になればその戦争が回避され、平和が訪れたというニュースが報じられるんです。でもそれはその男性が自分の全てをささげるということを、約束したからであろうと思われます。
そしてその男性は、自分の田舎の家を焼いて、精神疾患にかかり、自分の奥さんを精神病院のお医者さんにとられてしまう。結局彼は家と精神と奥さんをサクリファイスして全てをささげて、最後は精神病院に入院するんです。象徴的な映画ですけれども、彼のサクリファイスによって世界に平和が戻るというわけです。
それはタルコフスキーが自分の息子にむけて残した、遺言のようなメッセージであると言われています。世界の平和をつくっていくためには、わたしたち一人一人がそのたびに何らかの小さなサクリファイス、犠牲や祈りをささげることによってしか平和を築くことができない。そういうメッセージであろうといわれています。
わたしたちの問題は中国と韓国との問題ですけれども、わたしは現実的には悲観論者ですが、今の調子でいくと何年かあと戦争は避けられないという気がします。それでわたしたちが平和を願うならば、わたしたちは祈りとなんらかの小さな犠牲をささげていく、そのようにわたしたちは呼ばれていくのではないかと思います。
そのシリアから来られた一人の方が、シリアで一番困っているのは当然貧しい人々で、当時は電気がこなかったり食料がなかったり、そしてシリアの中にはJRSというイエズス会の難民救援サービスが働いていて、JRSというのはイエズス会の関係の難民の救援組織で、世界中で活躍しているんですけれども、シリアの中でJRSが、隣りのイラク人のための難民キャンプで働いていたのですが、でも突然の悲劇だからシリアの自国民のために、JRSは働かなければならなくて、そしてシリアの人はJRSの手伝いをしていたといいます。困難の中にあってもそこで自分のできることを最大限果たして少しでも平和が築けるように働いておられた人です。
わたしたち一人一人も平和を築くために平和を守るためにしなければならないし、できることはわたしたち一人一人にあると思います。それを積み重ねていかない限り、この世の苦しみや混乱を収拾していくことは、難しい事ではないかと思います。
平和旬間の最終日にあたり、わたしたち一人一人がこの平和を築いていける平和を守っていけるために、何ができるのかを問いかけながら、わたしたちにできる小さな祈りや小さな善意、犠牲をささげていけることができるようにお祈りしたいと思います。
わたしたちの小さな祈りや善意の行い、それは神の目から見たら非常に尊いものであるでしょうし、その積み重ねの中でこそ、わたしたちは平和な世界をつくり、平和な世界を守っていけるのではないかと思います。
この聖母の被昇天の日にあたり、わたしたちが心を合わせて平和を築いていくことができるようにお祈りをささげたいと思います十

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第一朗読 ヨハネの黙示録11章19a節 12章1-6.10節

 天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見えた。
 また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、神の用意された場所があった。
 わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。
 「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。
  神のメシアの権威が現れた。

第二朗読 コリントの信徒への手紙第一15章20-27a節

 (皆さん、)キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち、次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。最後の敵として、死が滅ぼされます。「神は、すべてをその足の下に服従させた」からです十

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                       2015年 8 月 15 日(日)
                        年間第19金曜B聖母の被昇天祭日
                         カトリック麹町教会 主聖堂於
                        イエズス会 英 隆一朗 助任司祭ミサ説教記