カトリック 英神父の説教集 ○キリスト教のおはなし○

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190518 追悼ミサ

英神父 ミサ説教 聖イグナチオ教会 於

ヨハネによる福音書 14章7-14節(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」+

 佐々木神父様とケルクマン神父様が亡くなられて、ほぼ一年になりました。日々忙しいので度々思い出すわけではないですけれども、ある時ふと思い出す時もあります。仕事が忙しくて、早く歩いていたりすると、佐々木神父様のことを思い出して、ゆっくり歩くようにします。あまり早く歩かないで、佐々木神父様のようにゆっくりと気持ちを落ち着けながら歩いた方がいいと、自分を少し振り返ることがありました。ケルクマン神父様はかなりお忙しい仕事をされていました。忙しい忙しい、と言われながらニコニコされていたので、 わたしも忙しくて顔がひきつる時は、ケルクマン神父様を思い出して、あまりしかめっ面をしないでニコニコするようにしなければと、自分を点検するために、時々二人を思い出すことがあります。二人は好対称で、体の大きさも違って、服のサイズも全然違いました。佐々木神父様のサイズの祭服がなかったので、イグナチオ教会に来られてから四種類の祭服を作りました。わたしが着ているのは白の祭服で佐々木神父様のものです。どちらかと言うとケルクマン神父様は社交性のある活動的な方で、佐々木神父様は静かなタイプでしんみりとされているところがあったと思います。色々違いはありましたが似ているところもあって、二人ともお話好きでした 。修道院でいつも食事を一緒にしますけれども、あの二人だけになると話が終わらず、わたしは忙しくてそろそろ席を立ちたかったのですが、 佐々木神父様は食べるのはゆっくりでしたが、お話好きでした。主に教会のことですから、わたしもそうですね、と聞いていました。ケルクマン神父様は昔話が多く話し出すと止まりませんでした。二人ともおしゃべり好きでした。そして二人のもう一つの共通点は、とにかく病院に行かれませんでした。それも全く似ていました。調子悪そうにされて、周りはとにかく受診を勧めるのですが。佐々木神父様は亡くなられる前の秋ぐらいから調子悪そうでしたし、ケルクマン神父様は1月ぐらいから息が辛そうでした。佐々木神父様は顔が膨れてきて調子が悪そうなので、みんなで受診を再三勧めたのですが、やせ我慢するところが似ていて、結局二人とも手遅れでした。もう少し早く半年前に受診されていたら違っていたかもしれません。残念な結果になりましたが、でも二人とも心にあったのは自分に与えられた使命を忠実に果たしたいという、その強い思いがあったからだと思います。今日の福音書でイエス様は 「自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。」「わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い」イエス様を信じることによって イエス様の業を果たす。 「また、もっと大きな業を行うようになる。」イエス様より大きな業は誰にもできないであろうと思いますが、もっと大きな業とは、わたしたちが協力し合って助け合いながらする。イグナチオ教会で働かれた神父様は大勢いますが、やはり一人ではなくて、みんなでイエス様の業を神父様なりに果たしていくという、その積み重ねがもっと大きな業に繋がっていくのではないかと思います。残された神父様方はその人なりの 立場で イエス様の業をやって行く。わたしはお二人が亡くなられた後にさすがに健康診断に行きました。何年かぶりに精密検査をしました。 もちろん健康に注意して、無理をしてはだめですから、適切に休んだり受診したりします。わたしたちみんなでそれぞれの立ち位置でイエス様の業を行っていく。そしてみんなで大きな業を果たすように呼ばれています。今現役で働いている神父様はそうでしょうし、後から来る神父様もそうでしょう。そして高齢の方は交代しながらみんなでもっと大きな業を助け合いながら果たして行く。それが本当に大事なことだなと思います。佐々木神父様ケルクマン神父様のことを時々思い出しながら二人が大事にしていることを思い出して、イエス様から託された業を良い形で果たしていけるように願いたいと思います。そして皆さん一人一人もイエス様の大きな業をお互い助け合いながら果たして行けるように、この教会全体がイエス様の大きな業を果たしていけるように、祈り合いながら協力し合いながら、また歩んでいけるように 共に祈りをささげたいと思います+

第一朗読  使徒言行録 13章44-52節
次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。主はわたしたちにこう命じておられるからです。
『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、あなたが、地の果てにまでも救いをもたらすために。』」
異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。こうして、主の言葉はその地方全体に広まった。ところが、ユダヤ人は、神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。それで、二人は彼らに対して足の塵を払い落とし、イコニオンに行った。他方、弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた+

 

2019年 5 月 18 日(土)追悼ミサ
 復活節 第 4 土曜日〈白〉C 年 
   カトリック麹町教会 主聖堂 於
    イエズス会 英 隆一朗 主任司祭 ミサ説教記

 

     ケルクマン神父様 2018年5月15日 帰天

       佐々木神父様 2018年5月23日 帰天